スイートアリッサムの庭で|
スイートアリッサムの庭に
モンシロチョウが2頭舞ってきて
白・ピンク・赤紫へと舞って
また白へと戻ってきて
白の花の中に消えた
(蝶は どこへ?)
ビルの壁の修復をしている
その防護網の
地上10センチのところに
羽がボロボロのトンボが止まっていた。
陽だまりでかろうじて生きていたのだけれど
日が閉じて次の朝がきて
そこにトンボが居たことを忘れた日、
壁が白くなった朝だった。
防護網とともにトンボも消えた。
(あれはもしかして 枯葉だった? )
図書館でその人は
自前のフランス語辞書を引きながら
ノートに何かを書いていた。
彼のダウンベストの右肩には
ガムテープが斜めに貼ってあった。
注意深く席を替えて前方から見ると、
もじゃもじゃの髪の下の目は悪人では無い感じがする。
こんな田舎でもフランス語の翻訳をする人が?いても別に変ではないけれども。(彼のダウンベストの右肩は文字を隠していたのか)
トレンチコートを着て新聞を閲覧している人はいつだったか、
わたしに話しかけてきた老人だった。
白い帽子を被ったまま本を読んでいる人は、
夏も来ていた人だ。
郷土史を読んでいる銀色の髪の人は、
今年の春に国語教師を辞めた人だ。
和室の座卓で本を読んでいる人は、
孫と絵本を探しにきてそのまま自分の世界に浸っている。
彼とも以前に会った。
図書館で一生懸命に履歴書を書いている女性。
こんなところでそんなことをしているのは
急に面接が決まったからだろう。
がんばれ。
挑戦するあなたを応援しているよ。
きびしい社会でそのきびしさの軌範の側にいたワタシタチだから、
ここで履歴書を書いているあなたを応援する。
スイートアリッサムのグラデーションの庭の、
壁の修復工事が終わって、
防護網が取り除かれた日。
明け方から降っていた雪に朝日が当たって融けると、
工事現場へ向かって県道を自転車で走って行く人がいる。
肩にガムテープを貼ったダウンベストを着ている。
ああ、あの人だ。
(きょうはどんな文字を隠して働くの?)
孫と手を繋いで保育園へ行く人は、あの人だろうか。
彼は、きょうから児童館で働くのだ。
そして、あの女性はきょうから向かいの診療所で働いているあの人だ。
スイートアリッサムの庭は、
きょうの雪が融ければ、
またいつものように何事もなかったようにその花は咲く。
厳しい現実があるからこそ、
やさしく香る花や、
はかなく死んでいく蝶や昆虫はいとおしい。
季節の変化のなかで、
人生の変調を迎えながら、
図書館の書物の間と生活の道路の間で、
永遠を問いながら、
私たちは応答を繰り返すのだ。
(イエスとは誰のこと?)
(人間とは何?)