2020年12月30日水曜日

スイートアリッサムの庭で

 

スイートアリッサムの庭で|

スイートアリッサムの庭に

モンシロチョウが2頭舞ってきて

白・ピンク・赤紫へと舞って

また白へと戻ってきて

白の花の中に消えた

(蝶は どこへ?)

ビルの壁の修復をしている

その防護網の

地上10センチのところに

羽がボロボロのトンボが止まっていた。

陽だまりでかろうじて生きていたのだけれど

日が閉じて次の朝がきて

そこにトンボが居たことを忘れた日、

壁が白くなった朝だった。

防護網とともにトンボも消えた。

(あれはもしかして 枯葉だった?

図書館でその人は

自前のフランス語辞書を引きながら

ノートに何かを書いていた。

彼のダウンベストの右肩には

ガムテープが斜めに貼ってあった。

注意深く席を替えて前方から見ると、

もじゃもじゃの髪の下の目は悪人では無い感じがする。

こんな田舎でもフランス語の翻訳をする人が?いても別に変ではないけれども。(彼のダウンベストの右肩は文字を隠していたのか)

トレンチコートを着て新聞を閲覧している人はいつだったか、

わたしに話しかけてきた老人だった。

白い帽子を被ったまま本を読んでいる人は、

夏も来ていた人だ。

郷土史を読んでいる銀色の髪の人は、

今年の春に国語教師を辞めた人だ。

和室の座卓で本を読んでいる人は、

孫と絵本を探しにきてそのまま自分の世界に浸っている。

彼とも以前に会った。

図書館で一生懸命に履歴書を書いている女性。

こんなところでそんなことをしているのは

急に面接が決まったからだろう。

がんばれ。

挑戦するあなたを応援しているよ。

きびしい社会でそのきびしさの軌範の側にいたワタシタチだから、

ここで履歴書を書いているあなたを応援する。

スイートアリッサムのグラデーションの庭の、

壁の修復工事が終わって、

防護網が取り除かれた日。

明け方から降っていた雪に朝日が当たって融けると、

工事現場へ向かって県道を自転車で走って行く人がいる。

肩にガムテープを貼ったダウンベストを着ている。

ああ、あの人だ。

(きょうはどんな文字を隠して働くの?)

孫と手を繋いで保育園へ行く人は、あの人だろうか。

彼は、きょうから児童館で働くのだ。

そして、あの女性はきょうから向かいの診療所で働いているあの人だ。

スイートアリッサムの庭は、

きょうの雪が融ければ、

またいつものように何事もなかったようにその花は咲く。

厳しい現実があるからこそ、

やさしく香る花や、

はかなく死んでいく蝶や昆虫はいとおしい。

季節の変化のなかで、

人生の変調を迎えながら、

図書館の書物の間と生活の道路の間で、

永遠を問いながら、

私たちは応答を繰り返すのだ。

(イエスとは誰のこと?)

(人間とは何?)