2017年3月1日水曜日

頭の上に葦の原っぱを茂らせていることさ。


小島きみ子|頭の上に葦の原っぱを茂らせていることさ。 


冷ややかなひとびとの灰色の陰影は
この冷めた空気はなんだろう、
だれとも話したくないときは、
頭の上に葦の原っぱを茂らせていることだ、
浦町では老いた人々が次々と亡くなって、
空き家になって行く。
朝、
産み立ての卵を取りに行って植木の根元で死んだ人、
渡り鳥を見に行って川に落ちてショック死した人、
玄関で転んでそのまま起きられずに凍死した人、
人々のいなくなった町に新しい人々は移り住んでくるのだろうか、
都会の詩人から届いた詩集の返信を
横断歩道の手前で、
ポストに入れて、
東西に開いた新しい道を走って工業地帯へ向う。
ケースワークの聞き取り調査で、
工事現場をよく通った、
広い歩道と、
川の上に架かった新しい橋とベンチ、
この町を散歩する新しい夫婦、
ジョギングする陸上部の高校生、
開業したばかりのレディースクリニックのピンクの外壁。
紫の文字で「夢」と書かれた公民館の看板を通り抜けて、
工業地帯の交差点に出る。
市議選候補者が幟旗を持って演説している。
(暮らしやすい社会とはなにか)、
労働者の《希望》とは、
この朝の意味の分からない雑音に心拍数を合わせること、
かもしれない。
余計な脂肪を燃焼させるエクササイズの要領でさ。
ぽきぽきと(血を吹くように夏のサルビアがくず折れて)、
盆地に深い霜が降りるようになった、
(葦の原っぱが見たい)と思う、
旧い町の外れの荒地は、
授業をサボる中学生たちが逃げ込む場所だった。
そこへ行けば、失った思い出に辿りつけるさ、と思う。
あのとき、聞こえなかった声が聞こえてくるような気がするのだ。
冷ややかな灰色の影の人々とも、
工事現場の人とも、
新しい町の住人とも、
葦の葉がゆれるように、
声をなびかせることができるかもしれない。
それは、
(なにかに辿りつくこと)さ、
過去ではなく、
現在でもなく、
それは、
《希望》、
きっと。
頭の上に、
葦の原っぱをいつも茂らせていることさ、
きっと。
真夏の桜の木の下で咲いていた、
インパチェンス。
あの明るい
(花の気持ちでいること)さ。
今年のインパチェンスの種子が、
来年のインパチェンスの花を咲かせる様に、さ。
だからさ、
ポケットに花の種を集めて持っているよ。
紫の文字で「夢」と書かれた公民館の看板。
あの下にインパチェンスを咲かせてやるんだ、
きっと。

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