2014年5月31日土曜日

2014/5/31のドライフラワーアレンジメント

今年の5月は、紫色のパンジーが驚くほどたくさん咲いて、庭を明るくしてしてくれました。
2014/5/31のドライフラワーアレンジメントです。
小さな庭のパンジーとミニ薔薇を主体としたドライフラワー・アレンジメントです。








咲き零れるパンジー、ジュリアンポリアンサ・イエロー、ミニ薔薇ピンク。
ジュエイアンポリアンサは1年草です。プランターで越冬して5月の初めから咲いています。



















咲きこぼれる、パンジー紫。深いブルーと言っても良い色です。












白いフレームのなかのパンジー・ドライフラワー。
額装にして完成です。













パンジー・黄薔薇・ハナカンザシのドライフラワー額装。




















薔薇とはなかんざし、パンジーのポプリ。
はなかんざしの香りが強い。


















スミレ・ジャスミン・黄水仙・はなかんざしのぽぷり。
薔薇色の布でサシェを制作しました。










2種類の薔薇のドライフラワー。












5月のミニ薔薇。その1












5月のミニ薔薇。その2














プレンゼント用の作品。
ノリウツギライムライトとパンジー・薔薇・はなかんざし・アルストロメリアムラサキ。













きょうの草花です。
黄色い大きな花はズッキーニです。
とても綺麗です。
野菜の花を主体としています。
クロホオズキ、メロン(黄色)、トマト(黄色)などです。












2014年5月10日土曜日

五月の詩の雑誌



5月9日までに届いた詩誌の紹介をします。九冊届いておりますので、セレクトさせていただいて、三誌の紹介をしました。「きょうは詩人」27。「ココア共和国 」vol15.。詩篇八例(及川俊哉+高塚謙太郎+松本秀文+山田亮太)。













①ぱぴるすno.107
②回遊第50集
③きょうは詩人27
④ココア共和国 vol15.
⑤詩遊 no,42
⑥ル・ピュールno18.
⑦ネビューラ第36号
⑧カラ16
⑨詩篇八例(及川俊哉+高塚謙太郎+松本秀文+山田亮太)


5月は、前半に祝日休日があり、多忙な勤務となりました。つまり、5日間で仕上げる仕事を3日間で仕上げるということなのです。休日というのは、多忙な勤務との前触れを凌ぐ作業ですね。
さて。前半の詩誌、どれもすばらしい内容です。
セレクトして述べさせていただきます。

③「きょうは詩人」27. いつも楽しみです。長嶋南子さん、万亀佳子さん、小柳玲子さんの等のすこし先輩の女性たちの雑誌です。万亀佳子さんに送っていただいています。長嶋南子さんの「大風が吹き荒れた日」、小柳玲子さんの「ロンゴ坂下駅」、万亀佳子さんの「仏師」をおもしろく読みました。それは、この現実を越えて別の現実に接触している身体の姿が描かれているからです。


④「ココア共和国 」vol15.。ピンクの子ども象さんのこぐ自転車にお猿がつかまって、お出かけする表紙画が可愛くてほのぼのしたところから入ります。しかしながら、前書きを読むと、「なるほどー、ウーンそうかー」とうならされます。三上寛さん、PANTAさんの詩篇は、おもしろかった。企画として、「当時の詩と最新の詩」を秋さんが依頼したことによるものですが、「ふざけるんじゃねえよ(1972)」、そして最新の「暗転」のなかでの「いまあなたを演じてる/そして自分の背中を見てる」、よかった。


⑨詩篇八例(及川俊哉+高塚謙太郎+松本秀文+山田亮太)。
高塚謙太郎の「はつげん」が好きだなと思う。
「はつげん」とは、発現、発言、くらいは誰でも考えるだろう。1行目の「鳥になりたいといっていたものだから」は、となりの女の「発言」かもしれず、その女は「もうとうに飛びたってたって/ほらあの山の端のくろいてんてんですよ」というこの世界は好きだ。発言したことが発現されて、それらは順に「はつげんはなった」。けれども「はつげんだなんてやめたがいい」と思ってはいる。それなのに。発現した鳥になった女。「くろいてんてん」に「女」という名前を与えるというのだ。なんだか、黄昏時の山の端が夕陽で染まる、その辺りを飛んでいく鳥。それが、「女」であれば、発言の発現は、黄昏時の一瞬の「恋心」であるかもしれない。










2014年5月4日日曜日

いつ。どこから。やってきたのか。

五月の若葉が、
そよぐ日。


いつ。
どこから。
やってきたのか。
花とわたし。


高原のスミレが
スミレスミレと歌いだす。
菫色のスミレ。
ブルーの小さな花。


















「すみれすみれ」と人の名のように呼んでみる。
ちいさなスミレ色がこちろを振り返る。
















眠っている夜明けの菫。


















陽射しが輝き出した朝。



























咲き零れるパンジー。

























パンジー。
ビオラ。
スミレ。






すみれ色。















パンジーが、
ポプリになっていく。


5~6個あります。













スミレ・ジャスミン・ビオラ・パンジーのポプリ。

























パンジー。
ビオラ。
スミレスミレ。



















遠くにいる薔薇が眼を覚ます。






















もっと、遠くにいる薔薇。






















薔薇の香りが朝の時間を呼び覚ます。












2014年5月3日土曜日

契約された未来の時間。

五月の連休が始まりました。
このブログで既に公開した、ドライフラワーアレンジメントの作品も更に乾燥が進んで、ほぼ完成に向かっております。改めて、作品を公開しますので、花の変化を楽しんでいただけたら嬉しいです。


シダレザクラも葉桜になって花の色も白くなってきました。
自然のうつろいを感じさせますが、これも好きです。








①水仙とマロニエの実。『花のひかり①』









②水仙とビオラ。
乾燥状態が進んで、ビオラが中央に纏まりました。
菱形のフレームで吊り下げて飾ります。
『花の光②』














『花かんざしの思い出①』










『花かんざしの思い出②』











『黒真珠とローズピンク』











⑥レオナルド・ダ・ヴィンチによるドライフラワー。

『薔薇の時間』

















『契約された未来の時間』












         
         マロニエの過去の時間と春に芽生えた花の新しい時間。
         二つの時間が同じフレーム(形式)の中に存在する。その緊張は美しい。
         これを見ていると、秋に熟すものは、過去の成果として現在に見えている。
         見えないものというのは、実は現在の時間そのものの「形式」ではないか。
         未来というのは、これからやってくるのではなくて、
         すでに遭ったもののような気がする。「あなた」も、
         過去に出遭ったから、こんなに懐かしく慕わしいのではないか。

「我々の内部には、ある種の詩(Dichtungen)が存在する。これは他の詩とは全く異なる性格を有するように見えるが、それというのもこの詩には必然性の感情が伴うものの、そのための外的な根拠は全くないからである。ノヴァーリス 『断章と研究』」


花や木の実に出遭った時間は、過去の時間ですが、未来に通じている。この時間は表すことができて、意外にも、すでに遭遇していた時間。ただ、気づかずにいて、目に見える作品を制作して見ると、目に見えない時間と生命の変化が、在るということを通して見えてくるように思う。
見えるということが、目を閉じたときに見えてくるとき、「表現」されたのだと思う。フラワーデザインによるオブジェであっても、写真であっても、言葉であっても。そこに感じ取った「感情の現われ」が存在していて、あなたに伝えることができたら、ただ単純に嬉しいと思う。





今年、初めて作ったハゴロモジャスミンとスミレのポプリ。
甘い香り。








ハゴロモジャスミンと黄水仙のポプリ。









ムスカリの群生。

2014年4月30日水曜日

「詩と思想」5月号巻頭詩:僕らの罪と/秘密

詩と思想」5月号に巻頭詩を書きました。
特集、「秘密―100人の詩人が100の秘密の詩を書く」の寄稿作品です。

僕らの罪と/秘密

                              
今や、恐るべき虚無と絶望の芸術の時代が始まるのです。
私の内部に存在するあなたとは誰か。なぜ存在があって、無があるのではないのか?の 問いの前に立たされる。もう一つ別の方向から、なぜ私の知っていることがあるのか? という問いを発してみようと思う。ジル・ドゥルーズでは、人間=男であることの恥ずかしさ―この生成変化は、彼女がその権利を主張することもできよう状態とは何の関係もない、と言うのです。眼差しで殺すことが出来たら、眼差しで妊ませることができたら。道路は死体と妊婦でいっぱいになるはずだ。と言ったのはヴァレリーでしたね。


彼は、脳に水を溜めたまま絶食をして逝った。
列島はもはや盲目の暗闇にすぎない。昼夜の区切りのない破廉恥な社会であり、市民全員が白痴とみなされ、日常的絶望は曲がりくねった時間に呑まれ、世界の暗黒ユーモア詩集は、移ろいゆく相のもと、仮装の森の美術館「罪と/秘密」の木の下に展示されているという手紙をくれたのでした。


僕の言葉は、もはや僕だけのものではありません。
今の僕は死後であり、あらゆる空間に空気のように入り込んでいく純粋な原子番号三八状態です。僕は、すべての人の言葉を持っていて、ロランバルトがテキストの快楽で述べたように、同一の位置に局在する二重の機能を合わせて成立するひとつの違反活動を想像してみてください。しばらく待っていてください。僕はもうじき今夜にもあなたの傍に局在します。


あなたが指摘した僕のプラトン的微笑み。
それは、幼年時代の思い出の映画の横顔でした。あのシラノドベルジュラックの「必然性」なるものは、常にモンマルトルの、常にアポステリオリのレモネードでした。僕にとって、あなたと僕の、舌と襞は、僕らが愛した、あの猫とこの猫とその猫の野獣の舌でした。純粋と、瞬間的の永遠の熱狂へと、連鎖する夜の百合の舌でした。旧い手紙の断片を紐解いて、罪と秘密を解き明かし、夜を語りあかし、真珠色の沼地へと封印されるのです。


複数の人称を持つあなたと僕の層、膜。
自ら受胎し生育する僕の内に潜むあなたを、再びあなたの層へ。あなたと僕の(受精卵)という膜を突き抜けて。必然的な物語として、精神脳髄意識に存在する虚無と絶望の層。僕らが、今もなお死に続けていることへの、永遠の愛という喪の始まりは、僕らの罪と/秘密。







2014年4月26日土曜日

高原の桜と、ドライフラワーアレンジメント。


きょうは、高原の街もコヒガンザクラ、シダレザクラ、ソメイヨシノが満開でお花見日和でした。
市内の桜の森の風景です。


           シダレザクラ。








ソメイヨシノのサイクリングロード。









黄昏のソメイヨシノ。







市内の牧場の桜です。






            桜の森の下は、花見の人々で賑わっています。










        部屋の中ではアマリリスも満開となりました。ピンクのブーケのようです。
        3本の茎が伸びています。












★四月最後の土曜日に制作したドライフラワーアレンジメントの額です。


             「黄水仙と金色のマロニエの実」
              *春の日差しはオレンジいろに固まって、手のひらを熱くする。







              「紫のパンジーと黄水仙」
              *いつも明るい笑顔で笑っているパンジー
              気高くて気品のある黄水仙
              この作品は、友達にプレゼントします。


               「薔薇とマロニエ」
               *春の宵を、星を見ながら語りませんか?
                幼いときの 言葉と音楽を懐かしみながら、
                ずっとここまで仲良しであったことに感謝しながら。
                これからもお友達でいましょうね。
                そんな声が聞こえてきませんか?
            




大輪の薔薇によるドライフラワーです。
香りも残っていて、花びらも美しくて、
ポプリ額としても楽しめます。「甘い薔薇の香り」です。







近づいて見るとこんな感じです。
色もとても美しく残って、
私自身も気に入っています。









ムスカリ、菫、はなかんざし、
の3種類をこれからドライフラワーにして
ギフトカードをつけたときの
イメージをして見ます。
*わたしの好きなBlue.です。








「あなたへの希望」を届けます。
白いフレームに入れて見ます。
こんな感じに仕上げたいです。