ランボーは自分の眼で見ることに徹した。見ることは知ることだった。ランボーはハシッシュの服用者だったということ。そればかりではないが、そのことにより知ったことを書いた。「少年の小さな悲しみ、小さな喜び、それが絶妙の感受性によって途方もなく大きいものになり、やがて大人のなかで、いつのまにか、一つの芸術作品の原則となる。(ボードレール「阿片吸引者」翻訳・井上究一郎)より」「一つの芸術作品の原則」とは、脳が見て知った幻惑だった。美とは、醜そのものの美を讃えることになるだろうと予言したボードレール。ボードレールの死後マラルメは、《醜についての普遍的な理論》へと分け入っていきますが、脚韻を踏むことによって構築された、詩の意味と思想を困難にさせる人工的詩語の自然という美と音楽は、マラルメにとっては、醜というものの予期しない美への羨望が生み出した精神の甘美な絶望だったのではないか。絶望とは、肉体を失わずに芸術の側から死を垣間見ることです。言葉が《魂》としてだけ存在すること。それは《放棄の美》です。
(2014年エッセイ・抒情の宿命から超・抒情詩へ)
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