2020年2月2日日曜日

連作 (mama)2


小島きみ子|(mama2 |詩誌「エウメニデス」20062月。27号より転載。                    
 (mama箪笥にしまってある卵の殻はあなたのものです。あの羽毛はあなたが産まれたとき抜け落ちたわたしの体毛です。何故?って。絶滅した種を再生させるためのSUPER HUMANだから。キレンジャクの父はmamaを超えることができませんでした。父は鳥の王になれなかったのです。)


(この世界にある美しい掟をやり遂げることは遂にできなかった。mamaわたしから生まれたあなた。古代より種の王は王家を追放された后の息子に殺害されるたびに国は更新されたものでした。暗黒のこの邦はいまだに樹氷の森のなかにあるのです。)


(ゼウスは父親クロノスを殺して、時間を乗り越えました。でも、兄はキレンジャクの父を殺すことができませんでした。愚かな兄はわたしに恋をしてわたしを撃つのです。森で銃声が聞こえても心配はいりません。わたしはYouthfulな鳥として応接間に飾られます。父と母は黄泉の卵から孵らず、兄は正しい人間への変貌を遂げ、しらじらしい清潔な朝が来ます。そして再び正義を模倣する鳩が樹氷の森に火を放つのです。)


(鳥の遊びの日。モガリの庭にキレンジャクが何羽も来ていた。「どちらからいらしたのですか?」と訊くと「Pの丘から」と胸の黄色が鮮烈な鳥が言った。「私の兄を見ませんでしたか?」と訊くと「奴は明日来るだろう」と嘴の曲がった鳥が言った。「あなたは」と、年寄りのキレンジャクは言いかけたけれど、すぐに気を取り直して飛びたった。)


(ハシブトカラスが国道へ入る小道でヨタタヨタ歩いている。悪いものを見たと思った。枝を掴まえ損ねて車に轢かれた栗鼠の死肉を啄ばんでいたのだ。)


(兄さんはどうしているのか。「サラリーマンはもう嫌だ」と言って会社を辞めて、そんなことをして何になるのよ、と言ったら「スズメになる」と言って家を出て行ったのだ。 父さんの面影はあの年寄りのキレンジャクぽかった。父も兄も前足の付け根に羽毛の塊を隠し持っていましたが、わたしはそうした(片鱗)をどこにも持っていないのです。 鳥の(記憶)だけなのです。)


(翼の音を聴き間違えて目が覚めた。しらじらしい清潔な朝がきて、庭のエサ台にパン屑を広げて待っていると、スズメの集団がやって来た。何度も飛んでくるのだけれどエサを啄ばめない鳥がいる。兄だ。まだ、ホバーリングが上手くできないのだ。ピラカンサにキレンジャクも来ている。「兄さん。しっかりしなくちゃだめよ。」と言うと兄は肩へ来て、「気にするな。Pの丘へ行こう。母さんに逢わせてやる。」と言うのでした。珍しく「ついて来い」と言うのです。)


(幹道から逸れた脇道を登って行くのは気の進まないことでしたが仕方ありません。ふてぶてしいカラスの集団の待ち伏せにあうかもしれません。空を見ると兄は六羽の集団でした。川が近いので川原鶸や翡翠もいます。少しずつ増えていくようです。兄にこんなトモダチがいたなんて思いもしないことでした。兄たちの群れはザワザワし始めました。兄も樅のなかに隠れてしまいました。)


(時計台からまっすぐに飛んでくる大きな鳥、あっ。(mamamama!と叫ぶとその鳥は、旋回して、ぐんぐん高く昇っていきます。それっきりでした。)
(兄はまた肩にやってきて、ひとしきり囀ると、以前の兄になっていました。驚くわたしに「どうってことないさ。こんなに寒くちゃスズメもやっておれん。心配するな。この恋ももう終りだ。」と言うのです。「あれが母さんなの?」と訊くと「そうだ」と言うのです。「父さんは?」と訊くと「キレンジャク」と短く答えるのでした。「ここは黄泉の国だ。もう恋も終りだ。心配するな。」そう言うと兄はまたスズメになって飛び立ちました。どこかで、銃声が聞こえました。)


(わたしは脳がひび割れて血が垂れていくのを感じましたが、いつまでもこんな所に居られません………………………………………………………………


(森で銃声が聞こえても心配はいりません。わたしは鳥として応接間に飾られます。父と母は黄泉の卵から孵らず、兄は正しい人間の変貌を遂げ、しらじらしい清潔な朝が来る。そして嘴の曲がった鳩が正義を模倣して人間の言葉をくちばしって暗黒の樹氷の森に火を放つのです。美しい掟など誰も覚えてはいません。)


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