2020年7月29日水曜日

第1詩集より。「ポジション」



この「ポジション」という作品は、2016729日のFace Bookへのポストでした。
1詩集『Dying Summer』の最後の1冊を受け取ったひとがフレンドにおられます。一度仕事を辞めて、再度就いたのは、「女性相談業務」でした。いちばんは再就職支援だったので、スキルアップのための講座を開設して、3ヶ月後には、再就職を果たすという仕事でした、仕事の悩みはほんとうに尽きなかった。作品中「僕がそっちへ行く」と、心配してくれたのに、その後白血病で死んでしまった。

私の第1詩集『Dying Summer』の最後の一冊を進呈したので、自分でも読んでみた。仕事の悩みは尽きなかった。「僕がそっちへ行く」と心配してくれた人も亡くなって久しい。私はどれだけ、成長できたのだろう。すこしも変わっていない自分がいて、その自分に新鮮な驚きすらも感じる。長いのですが、仕事に悩んでいる方の何かの参考になるかもしれません。 Mitleiden:ということを考えていた時代の詩です。




「ポジション」小島きみ子                
 
(わたし)  そうよね。だからといって私はあなたに同意を求めたわけではない。あなたにしても私を押さえ込もうとしたわけじゃない。

(あなた)  よく考えるんだ。いやもういい。もっと違う価値があることを知るんだ。 そんな自分の範囲外の仕事をするのはやめろ。 切り捨てなきゃ自分がつぶれるぞ。そんなに受け入れていちゃだめだ。仕事のことばかり考えるのはよせ。心配なんだ。こっちへ来るんだ。いや僕が行こう。行くよ。必ず。

(わたし)  もういいわよ。どうしてみんな同じ事を言うのかしら。心配なんだって、だれか相談する人はいないのかって、どうしてそう言うの。どうして自分のことを自分で決めてはいけないの。この地点で戦っているのよ。他へは一歩も引けないわ。この場所で生きていることが私の真実なの。他へは行けない。

(あなた)  ああ、そこにいてもいいよ。けれど他に方法があることも知らなくちゃいけない。きみは彼女とは違うんだ。きみは彼女とは違うやりかたで彼女のような地点へ立つんだ。そんな時間があるんだったら自分のエリアの仕事をしろ。  切ればいいんだ。いいかい。レベルが違うんだ。そこまで相手にしなくていいんだ。それを相手にするのはきみじゃない。別の所属の別の人間だ。きみじゃない。そんなことで疲労してつぶしたくないんだ。いいか。切れ。バシッとやっていいんだ。僕にはわかっているんだ。きみはかつての僕と同じ誤ちを犯そうとしているってことが。

(わたし)  そうね。これから私がやろうとしていることはもう決まったこと。あなたに同意を求めたわけじゃない。あなたも私をあなたの部下だからって、押さえ込もうとしたわけじゃない。私は私を求めるすべてを私の言葉で受け入れたのよ。それだけの事だわ。時間が足りないって言っただけよ。調査と分析が必要だって言っただけなのに。
 人が生きてゆくのに必要なのは、自分を生かしているものの本質を知ることだわ。なぜそれが自分に必要なのか。なぜそれは自分を必要としているのか。意味を知ることを拒否することはできない。

 私たちの「労働」には、「ケア」と「キュア」の二つの意味があったわ。私にはそれが私の意識としてさまざまな人の言葉で確認されたの。エリアの苦痛を共感するということ(Mitleiden)*は、迷路を進む決心をすることよ。諦めることではないわ。生きているものがだんだん体温を下げていることは知っている。

 人間の本当の希望は長く生きることではなかった筈なのに。長く生きることが幸福だと思わされてしまった。そのことが不幸の始まりだった。充実して満たされたときこそ、「命の自由」が選ばれるときなのに。私は私を必要としている人のためにだけ、共感できるのよ。自分のエリアの仕事をしているわ。私を必要としている人の声に耳を傾けることが、何故いけないの。

(あなた)  きみを必要としているのはきみの家族だ。そのことを先ず第一にするんだ。きみの仕事は他の誰かが代わってもやってゆくことができる。だが、きみの家族への愛情は誰も代わることができない。そのことを忘れるな。
 深入りするな。人間の心象に立ち入る事は我々のすることじゃない。その人間とその家族が決断することだ。たとえその決断が最初から誤りであると認められてもそれはその個人の問題だ。我々の援助と、その人間の努力には限りがある。それが人の人生だ。それ以上どうにもならない。どうにもならない事を知ってゆくことが生きると言う事だ。どうにもならないなかで、見方を変えて生き抜くことが人間の知恵だ。生き抜く方法をアドバイスすることが我々の役割なんだ。選ぶのは個人だ。選ばれるのではなく初めから選ばされていたのだ。不条理な予定調和で。

 時間は僕らの感情と肉体を確実に死へ運んでゆくんだ。人間の終末をきみだって見てきたじゃないか。人間から生まれたものも、人間以外から生まれたものも、その行き着く命の終りは、どうあがいたって一緒なんだ。僕らは灰になる。それだけだよ。ただ、僕らは親切に話をしてあげなくちゃいけない。あなたにふさわしい担当は私ではありません。しかし、ご相談したいことがあればいつでもご連絡下さい。何かお力になれることがあるかも知れませんから。それだけでいいんだ。きみは仕事のし過ぎだよ。

 僕らは何の力もない。違うのは、エリアの意思を作る側で生きているということだ。見たまえ。人間の純粋な種はもういなくなるんだ。この職場にだってもう限られた数しかいない。僕もきみも腐り続けているんだ。ぼくらはいつ決断すべきなのか。世界の始まりのために、生き抜くために、新しく死ぬのだ。世界を愛すればこそ。
 
* 河合隼雄「影に立つ知恵」月報社・94年 Mitleiden:「パトスを共にするという同情よりも苦しみを共にすることにより影の世界から救い出す」考え方。