2013年11月30日土曜日

(僕らは同じ一つの) 


「詩と思想」12月号。53P.掲載作品です。


(僕らは同じ一つの)
                     
小島きみ子



(僕が君のようだったのなら。君が僕のようだったのなら。/僕らは同じ一つの/貿易風の下に立っていたのではなかったか?/僕らは別人同士。)(Paul Celan『ことばの格子』)


そして、すべては白い冬闇のなかへ埋まって無くなっていくのだ。わたしたちは、ツェランの詩句のように(僕らは同じ一つの/貿易風の下に立っていた)のに、どこで間違ってしまったのか。あまりに一つで見分けることができないほどに溶けていた。あなたはわたしに、わたしはあなたに。絶望への意識と感情のうえを通り過ぎて、引き戻されて、また姿を無くして、神を見失ったあのときのようだった。何度でもそれが喜びのように、坂道を下り坂道を上り、野茨が咲き、コスモスが咲き、そしてすべては白い冬闇のなかへ埋まって無くなっていったのだった。


もう、二人の翳が無くなっているのも知らずにいた。いとおしかったあなたは、あまりに、わたしそのものだったから。二人の胸は溶けて重なっていたから。魂そのものになっていたから。さようなら。あの青い月影の伸びているところ。ひと房の髪のように、ひとすじの涙のように、帰っていくしかなかった、葦の原のどこを探しても、あなたは居ないはずなのに。子猫が指を甘く噛むように、あなたは何度も何度もわたしの心を甘く噛んだ。あんなに、近くに居た夏だったのに。二人の翳が無くなっているのも知らずに名前を呼び続けた。あなたは、あまりにもわたしそのものだったから。



もはや、あなたは夕暮れのルビーオレンジの雲に隠れてしまった。僕は手を振っていたのに、どうして手を振ってくれなかったの? だから、戻っては来なかったとでも? 坂道は、小鳥が運んできたアカシアが繁みを作って、あなたの家はまるで大きな塚のようです。わたしは、ここで、待っているからここでこの坂道でこの庭でこの家で。きょうは青い月夜ですから、向こうの宵闇へ行けたら行くのに行くことは叶わない。あなたは夕暮れのルビーオレンジの雲に乗って手を振る。(僕らは同じ一つの)空しさの中へ帰っていくしかなかった。・・・帰っていくしかなかった。空しさの尽きるところまで(僕らは別人同士。)だったから。

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