2017年4月25日火曜日

『画家の詩、詩人の絵』の《眼》から「現代詩の広い通路へと」


(詩誌「Eumenides Ⅲ」49号。「シュルレアリスムの二一世紀」論考連載特集最終号)


 2015年の詩誌「Eumenides(エウメニデス) Ⅲ」の連載特集は「シュルレアリスムの二一世紀」でした。芸術総論を京谷裕彰、音楽論を川綾真智の2人の詩人が一年間執筆を担当しました。
 2016年の詩誌「Eumenides(エウメニデス) Ⅲ」のテーマは〈詩と美術〉でした。
表紙画は、美術家の塚本よしつぐ+小島きみ子のコラボでした。
折しも『画家の詩、詩人の絵』の地方巡回展が平塚美術館から始まって、姫路市立美術館でのシンポジウムには、エウメニデス同人の京谷裕彰が参加しました。足利美術館での展覧会は、エウメニデス寄稿メンバーの松尾真由美さんと小島きみ子とで観に行きました。
絵と詩を縦横に横断する芸術の「出遭う眼」が、『画家の詩、詩人の絵』の《眼》であっただろうと思います。









 「Eumenides Ⅲ」第53号での小島きみ子の論考「現代詩の広い通路へと」でも、この展覧会のことを述べています。「詩と美術」「シュルレアリスムの二一世紀」は、詩誌「Eumenides Ⅲ」にとって、これからも重要なテーマです。






 ところで、詩人の布川鴇さんが編集・発行する詩誌「午前」第11号が届きました。




  重厚な執筆陣です。今回は、評論を書いておられる田中清光氏の「瀧口修造さんをめぐって 書くこと描くこと」(70P~74P)の論考に注目しました。「瀧口修造という存在は、わたしが出会ったひとのなかで、類のない、本源の意味で稀有の詩人であったと今も思っている」とし、『瀧口修造の詩的実験一九二七~一九三七』(思潮社)への、昭和44年「本の手帖83」で田中清光氏自身が瀧口修造について書いた文章を引用している。







「日本語を用いながら、飼いならされた秩序感でなく反秩序とでもいうべき構造を強いる絶頂へゆかねばならない。日本のこの時代の詩のなかに、このような激越な「実験」を方法とした言語的獲得が、ほかにありえただろうか。日本語のもつ観念はきわめて乾性の、あるいは硬質のきらめきを放って、自ら未知の影像を剥きだしぶつかり合い、その語法も既成の秩序をねじふせ、強引に異なった構造に転化されるために新たな存立を必要とされる。そうしてそれは、ついに危うく「文学」になろうとする手前に踏みとどまる。」(瀧口修造)
「(…)当時のまさにモダニストでしかなかった日本風シュルレアリスト達の詩のなかで、この独自の「実験」の〈未刊〉こそ、じつは私には、ぎりぎりの、また唯一の在りようではなかったかと考えられるのです」(田中清光)当時の田中清光氏の自身の文章の引用なのですが、現在も考えは変らないとしていて興味深く参考になった。



註:田中清光(たなか きよみつ/せいこう、1931年3月19日- )詩誌「アルビレオ」「花粉」「オルフェ」などの同人となる。戦前の「四季」派につながるリリシズムの詩集、詩論を刊行。長野県出身の詩人。瀧口修造にデカルコマニーを学んで、画集も発行されています。個展も郷里で開催されて盛況でした。尊敬する、詩人です。

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