2013年5月31日金曜日

詩人という「道化」

(二〇一三年三月二十九日「詩客」詩時評)

 昨年の三月十六日に吉本隆明氏が亡くなってから「親鸞」に関する書をしばらく読んでいた。親鸞の「愚者」という「むなしさ」にはまってしまった。愚者にとって愚はそれ自体であるが、知者にとって(愚)は近づくのが不可能なほど遠くにある最後の課題であるとする。〈知〉にとって、〈無知〉と合一することは、最後の課題だが、どうしても〈非知〉と〈無知〉の間に紙一重の〈無知〉を持っている人々は、それ自体の存在であり、浄土の理念によって近づこうとする。(吉本隆明著『〈信〉の構造 吉本隆明著・全仏教諭集成19445?1983・9 春秋社』希望と絶望の光と闇は、表裏一体で存在する。生と死の世界を反転させるものは遠く離れたものではない。この境界を跨いで、幻想と現実を同時に生き、それらの間を自由に往還して、世界の隠れた襞を現象させる、という存在が詩人という「道化」ではないか。

 寂しいことに、この三月十日に文化人類学者の山口昌男氏が亡くなった。日本と世界の危機的状況を仲介する者「トリックスター」はまだ現れていない。翌日は、二年目の3.11を迎えた。日本だけではなくフランスやドイツでも原発廃止への抗議デモがあった。それ以後、西脇順三郎の「イロニイ」ということが少しわかった。釈尊の根本仏教も「一切皆苦」と言っているが、人生は寂しさと苦しみの極みを乗り越えて、生きていくしか生きようがない。もう考えるのは止めましょうよ、という地点にきて、新しい気持ちがやってきた。物を書くことに必要な、「声明」が見えたのだった。
                                       
 それでは、二月初めから三月中旬までに届いた同人誌・個人誌・二人誌で手許にとどめた雑誌について紹介をしたいと思います。届いた、ということで発行が一月の物があるかもしれません。別の場所で紹介した物は割愛しました。雑誌としての形態などを中心に述べていきます。詩を志す者は、いつでも詩の材料を探しているものです。詩を書いても発表する場所がなくては、紙屑でしかありません。詩誌に集うのは、その詩誌の創刊時の思いや、志の継続にあると思うのです。表紙には、強い思い入れが現れるものです。編集発行人の苦労が忍ばれるからです。


柵no.314.(詩画工房・七百円)三月号で終刊になりました。月刊誌でしたが、廃刊の理由は、同人の激減による経営悪化で、第三種郵便の認可が下りなくなったということもありました。石原武氏らの散文が充実していました。

孔雀船vol.81(望月苑巳・七百円)執筆者三六人。一〇九P.特集はパク・ミサンの韓国詩をハン・ソンレ氏が翻訳。ゲストと同人の詩。とくに注目は、孔雀画廊のエッチングです。見開きニP.ですがとても素敵です。小柳玲子さんの「絵に住む日々」の散文と写真はとても興味深いものでした。
鹿首3号(小林弘明)特集は「変わる時間」。詩と歌と句と美術の総合誌で「鹿首」。表紙画の美しさに見惚れた。高柳蕗子さんが〈時間〉の背後霊、を書いている。時間論ではなく、歌に詠まれた時間を読み解いていく。万葉集の一―二五の天武天皇の長歌を紹介している。時の流れの絶え間なさを、雨と雪の降るようすでうたう。流れている水の流れに時間も流れて、水音だけが聞こえてくる。水音、癒しの音の水音を見つけたいと思う。

詩誌侃々 2013no.19(田島安江)同人の詩作品のほかに、田島安江さんのエッセイ「詩を読む十九」は、膵臓癌で亡くなった関西の詩人・島田陽子さんの『森へ』と「わたしが失ったのは」の作品解説。普通の親しさの間柄で、別な詩人の癌闘病詩を読んで、再読しての解説。詩は、思いもよらぬ方向から再びやってきて人の心を抉っていくものだと思う。この散文を読んで私も島田陽子という詩人を考え直した。それは、当然ながら、明るさのなかに暗く重く痛く潜んで、詩人を闇に連れ去った病と言葉との関係についてだった。写真でマップを載せないとその「かたち」がわからないかもしれない。

Furoru創刊号(フロルベリチェリ社)定型封筒八十円で送付できて、気持ちよく掌に乗る月間の二人誌です。「フロル」創刊号から三月の三号まで順調な発行です。創刊号では、紺野ともさんが「環」、「NOJESS」、川口晴美さんが「こゆびの思いで」を書いている。二つ折の紙片は、あいさつ文と紺野さんの「現代詩赤文字系」という付録の文章がとてもおもしろく、第3回の「胸キュンがほしい!」の後半も、女性として「ずっとかわいくいたい」層は確実に広がっている。は、そうさせている社会の広がりがあるとして考えると、文化と商品がジェンダーにもたらすものの影響力は恐怖だと感じる。

黄薔薇百九十七号(高田千尋・五百円)奥付まで六十四ページ。表紙の写真がいつも美しい。永瀬清子さんが創刊した詩誌。永瀬さん亡き後百九十七号まで継続されているのは、「永瀬さんの理想と詩を慕っているからだ」と後書きにある。二五人の同人のうち、この号に参加された方が亡くなって次号は追悼号。大勢の同人の方を纏めていくのは、たいへんなことです。ところで、永瀬清子という詩人の個別の作品は読み知っていたが、詩集を読んではいなかったので、一九九〇年思潮社発行の現代詩文庫『永瀬清子詩集)』を読んでみた。飯島耕一の解説に共感した。「村にて」という作品に触れて、「永瀬清子は美しい風景も、美しい労働も、他者(共同体)と分かち合いたいという強い願いを持っており、それのみたされない時、限りない失意を覚えるのである」と述べている。同人誌を発行してそれが長く継続しているのは、「他者(共同体)と分かち合いたいという強い願い」かもしれないと思った。

ぱぴるす102号(頼圭二郎・四〇〇円)パソコン印刷で中綴じ本。二二ページ。椎野満代さん、岩井昭さん等七人の詩誌。岩井昭さんの「なみきくん」にノスタルジイを感じた。

現代詩図鑑 第十一巻・第一号 二〇一三年冬号(ダニエル社・真神博・七〇〇円)一一〇ページ。この詩誌は同人誌ではなく、季刊でその都度の会費制による発行。今回の参加者は、二八名。巻頭の書評は海埜今日子さん。榎本櫻湖さんの作品「それを指でたどって」は、行替えや、文頭の文字下げもなく四角の箱型文字の模様で始まり終わる。北欧と思われる風景から。フィヨルドの北端から川を溯って国境を跨ぐと、つまりその辺りの地図を眺めていて、で一行目が始まる散文詩で、今まで見知っている櫻湖さんとは違っていて、静かな内面に向かいつつある言葉のエネルギーとこの地図旅行による詩法が、果たす言葉の行方を想像した。今度は何をしようとしていますか、櫻湖さん。次の散文詩は倉田良成さんの「三叉路」。倉田さんの散文詩も書き出しの行頭が一文字下げで、あとは行替え無しで一気に最終行まで突き進む。こちらは、自分が見知った中華街の雑踏のなかの、三叉路までの意識を飛ばして行く歩行。現実にその場所を歩いているわけではなく意識が流動する。三叉路を中心に巡る意識。戻れない現実の自分の恐怖が最後に現れる。この二つの散文詩のおもしろさは、経験のない想像の地への意識のめぐらし方、経験して知っている地への意識の流れ。最後には、「ここ」へ意識を戻して来なくてはならないのですが、後者の方が難しいのです。

まどえふ 第二〇号(水出みどり)一四ページ。女性六人の詩誌。巻頭作品は、橋場仁奈さんの「ぼうし」。面白い作品なのだけれども行間と文字間が空きすぎていて、とても読みづらいと感じる。行分け詩だとあまり気にならないが、散文詩だと間延びして、文字が飛び散っていくと感じたがどうでしょうか。

折々の no.28(松尾静明)一四人の同人中、男性が二名。全員が行分けの詩を書く。後半に「連弾」という小文のページがある。松尾静明さんが、詩人が書いた短冊について書かれているのが興味深い。

花 第五六号(中野区 菊田守七〇〇円)四三人の同人という大所帯。白い表紙に「花」の文字のシンプルさ。一段組と二段組を用いて後書まで七六ページ。
Hotel第2章no.31(hotelの会五〇〇円)一四人の同人。奥付まで三四ページ。福田拓也さんの「列島がなおかつ波にさらされる岩場として・・・・・・」に注目した。海埜今日子さんの柴田千晶詩集への書評に共感をもって読んだ。

独合点第115号(金井雄二 二〇〇円)「水にうつる雲」という散文を金井さんが書いている。相模川のウォーキングコースについて。阿部昭の小説「水にうつる雲」という小説の舞台と同じ場所であるということで、小説の内容とウォーキングが重なっていく。川べりの散歩は「詩想」が生まれる場所です。

すぴんくすvol18.(海埜今日子 二五〇円)一二ページ。ゲストの田野倉康一さんの「生き急ぐ死者たち」の最終行おやすみ こどもたち だからもう おとうさんは帰らない は、私も眠っている子どもたちにそう言って消えていくだろう、と思った。海埜今日子さんが後書で「幼年ホテル」という言葉を使っている。詩情に満ちていて詩が生まれる「幼年ホテル」だ。誰もがそんなホテルに憧れる。

Down Beat no.2(柴田千晶 五〇〇円)七人の同人。柴田千晶さんの「あした葉クッキー」がおもしろい。閉めきったままの雨戸が一気に開けられ、死体はようやく春の死者となる。というところ。日本のもう一つの現実。人間の関係が壊れたのです。関係を拒否する人もいるので複雑な現代社会です。

ぶーわー30号(近藤久也)オレンジ色のA四の色画紙を二つ折りにした個人誌。ゲストは蜂飼耳さん。近藤さんと一篇ずつの詩。裏表紙に、中沢新一の「アースダイバー」についての二三行の散文は狭いスペースによく纏まっています。無駄のない紙面の使い方でした。

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